「自動運転中に事故が起きた場合、その責任は誰が負うのか?」
自動運転技術の進化とともに、こんな疑問を持つ人が増えています。ハンドルを握らずに走る車が当たり前になる未来が近づく中で、もし事故が起きたとき、運転者・車のメーカー・システムの提供元、誰が“加害者”とされるのか――これはまだ発展途上の議論でもあります。
現在の日本では、自動運転といっても「完全自動」ではなく、多くのケースで人間の関与が求められる「部分的な自動運転(レベル2や3)」が主流です。
そのため、事故の責任も「自動だから免責」というわけではないのが現状です。
この記事では、自動運転の定義から事故時の責任の所在、現行法の考え方、実際の事例、そして保険の扱いや今後の動向まで、わかりやすく整理してお伝えします。
自動運転とは?レベルごとの概要
自動運転とひとくちに言っても、その範囲や技術の成熟度は段階的に分かれています。国土交通省や国際基準では、自動運転の進化段階を「レベル0〜5」の6段階で定義しています。
ここでは、それぞれのレベルを簡単に紹介します。
レベル0:運転支援なし(手動運転)
-
運転のすべてを人間が行う。
-
一部の警告機能(車線逸脱警報など)があっても、操作には関与しない。
→ 完全に従来型の運転
レベル1:運転支援
-
一部の操作だけを車が補助する(加減速またはハンドル操作のどちらか)。
-
例:自動ブレーキ、車線維持支援など。
→ 人間が主で、車がサポートする段階
レベル2:部分自動運転
-
加減速+ハンドル操作を同時に支援。
-
高速道路などでの「ハンズフリー走行」も可能な場合あり。
-
ただし、常に人間が運転の責任を持つ必要がある。
→ 現在日本で最も普及しているレベル(例:トヨタ、ホンダの一部車種)
レベル3:条件付き自動運転
-
特定条件下で、運転操作を車が全面的に担う。
-
ドライバーはシステムからの要求があったときのみ操作に戻る。
-
現在の法制度でも認可されつつある段階。
→ ホンダの「レジェンド」が世界初の公道対応車として注目
レベル4:高度自動運転(特定エリア限定)
-
特定の場所や条件下では、完全に車が運転を担う。
-
人間が介入する必要は基本なし。
-
公共交通や自動配車サービスなどで実験中。
レベル5:完全自動運転
-
どんな場所・条件でも人間が運転に関与しない完全自律走行。
-
ハンドルやブレーキペダルが存在しない車も想定。
-
現時点ではまだ実用化されていない“未来のレベル”。
このように、レベル2までは人間が責任主体であり、レベル3以降になると、システムに責任を問う議論が必要になってくるのです。
自動運転中に事故が起きたら責任は誰にある?
自動運転中に事故が起きた場合、最も気になるのが「誰に責任があるのか?」という点です。
しかしこれは、自動運転のレベルによって大きく変わってくる問題でもあります。
レベル2までは「運転者の責任」
現行の道路交通法では、自動ブレーキや車線維持支援がついていても、あくまで“運転者が主導”という前提です。
つまり、レベル2以下の車で事故が起きた場合、ハンドルを握っていた人に法的責任があるとされます。
運転支援機能が働いていたとしても、「注意義務を怠った」と見なされれば、過失責任を問われることになります。
レベル3以降では「メーカー側の責任」が問われる可能性も
レベル3になると、特定の条件下で車が主体的に運転を行うことが認められています。
この場合、事故がシステムの誤作動や判断ミスによるものであれば、製造物責任法(PL法)に基づき、車両メーカーに責任が及ぶ可能性も出てきます。
ただし、ドライバーが「緊急操作を求められたにもかかわらず対応しなかった」ような場合は、再び人間側に責任が戻るため、責任の所在は一概に言い切れません。
現行法の考え方
現時点の日本の法律では、自動運転中の事故であっても、基本的には
-
道路交通法:運転者に対する規制
-
民法・自賠責法:損害賠償における運転者の責任
をベースにしており、レベル3以上のケースにも“過失”という概念が適用される余地が残っているのが現状です。
つまり、「自動運転だったから人間には一切責任がない」という考え方は、まだ現実にはなっていません。
実際の事故事例と対応(日本・海外)
自動運転中に起きた事故については、国内外ですでにいくつかの注目事例があります。それぞれのケースを見ることで、責任の所在や社会の反応を具体的に知ることができます。
テスラ(アメリカ):オートパイロット中の死亡事故
アメリカでは、テスラ車の「オートパイロット(レベル2相当)」使用中に死亡事故が発生したことで、社会的な議論を呼びました。
被害者の車は自動運転支援機能を使用していたものの、前方のトラックに衝突。運転者はハンドル操作を怠っていたとされ、最終的に運転者の注意義務違反が問われました。
この事例では、「自動運転中」とはいえ、まだ運転者が責任を持つべきレベルだったことが強調されました。
ウーバー(アメリカ):自動運転試験中の歩行者死亡事故
自動運転の試験車両を走行させていたウーバー(Uber)は、夜間に歩行者をはねて死亡させる事故を起こしました。
このケースでは、システムが歩行者を正しく認識できなかった可能性が指摘され、企業としての安全管理責任が問われました。
結果的にウーバーは自動運転開発を一時停止し、事故の責任についても法的な検討が続きました。
ホンダ(日本):レベル3自動運転車「レジェンド」の導入
2021年、ホンダは世界初のレベル3自動運転車「レジェンド」を限定販売しました。
この車両は特定の条件下で自動運転が可能ですが、万が一の事故が起きた場合の責任については、「緊急時にドライバーが操作を引き継がなければならない」という前提が残っており、責任の明確な転換はまだ慎重です。
実際の事故発生は今のところ報告されていませんが、保険の整備や法解釈の整理が並行して進められています。
このように、事故の原因や自動運転のレベルによって、責任の所在は運転者・企業・システム提供者の間で揺れ動いています。
自動運転と保険の仕組み
自動運転車が関係する事故が起きた場合、損害を補償する仕組みとして重要なのが保険です。
しかし、自動運転にはまだ新しい課題が多く、保険制度も過渡期にあります。ここでは、自動運転と保険の関係について整理してみましょう。
自賠責保険の基本的な考え方
日本の法律では、車を所有・運転する者は必ず「自動車損害賠償責任保険(自賠責保険)」に加入することが義務付けられています。
これは、被害者救済を最優先する制度であり、事故の原因が自動運転かどうかに関係なく、まず運転者側(車両所有者)の保険で補償されます。
つまり、たとえ自動運転システムのエラーが原因でも、被害者への補償はまず自賠責で行われ、その後に過失のある側へ求償される(損害を請求される)流れになります。
任意保険と自動運転
自賠責でカバーしきれない損害(対物・慰謝料など)については、通常の任意保険が補完します。
現時点では、レベル2や3の自動運転中でも、運転者の過失として任意保険の補償対象になるケースが多いです。
ただし、保険会社によっては自動運転に関する特約や補償の範囲が異なるため、今後は「自動運転対応型保険」が一般化していくと考えられます。
レベル3以降に備えた新たな保険制度の動き
日本では、ホンダのレベル3車導入に伴い、東京海上日動や損保ジャパンなどがレベル3対応の保険商品を提供しています。
これらは、事故の原因がシステム由来かドライバー由来かを判定するための事故解析支援サービスや、自動車メーカーへの求償のあり方など、新しい仕組みを取り入れた保険内容になっています。
これからの課題
-
事故原因の特定をどこまで自動でできるか?
-
ソフトウェアやセンサーの責任は誰が負うのか?
-
サイバー攻撃やシステム故障時の補償はどうなるか?
といった、これまでになかったリスクに対応する保険制度の整備が求められています。
今後の法整備と責任の変化
自動運転技術が進化し、レベル3やレベル4の実用化が進む中で、法律や制度もそれに合わせて変わっていく必要があります。現行の「人が運転することを前提とした法体系」では、対応しきれない問題が今後ますます増えてくるでしょう。
日本政府の動き
国土交通省や警察庁は、すでにレベル3の公道走行を認可する法整備を行っており、2020年には道路交通法の一部改正が施行されました。
これにより、一定の条件下でシステムが運転を担うことが法的に認められるようになりましたが、緊急時の運転交代義務やシステム作動状況の記録装置(DSSAD)の搭載義務など、細かい条件が定められています。
今後、レベル4・5の実用化に向けては、
-
完全自動運転中の事故責任を人からシステムに移行する法的枠組み
-
メーカー責任を問う際の明確なルールづくり
-
自動運転中の交通違反に関する取り扱い
などの法整備が必要とされています。
システム責任 vs 人の責任
これまでの交通事故では「ドライバー個人の過失」が責任の中心でしたが、自動運転が主導する時代になると、
-
ソフトウェアのバグ
-
センサーの誤認識
-
通信障害やAIの判断ミス
といった「機械由来の事故」が増えていきます。これにより、「製品としての不具合=メーカー責任」や「開発者・運用者の責任」が新たに問われる場面が出てくるでしょう。
欧米の動きにも注目
欧州では、完全自動運転車に関して「製造者責任の明確化」に向けた議論が進んでおり、アメリカでは州によっては「自動運転車に運転免許が必要ない」とする法整備も始まっています。
国ごとに対応は異なりますが、世界的に「人から機械へ」の責任移行が徐々に検討されている流れが見てとれます。
まとめ
自動運転が進化する中で、「事故が起きたときの責任は誰にあるのか?」という問いは、技術以上に複雑な課題です。
現在の日本では、レベル2まではあくまで運転支援の範囲であり、事故が起きた場合の責任は基本的に運転者にあるとされています。
一方、レベル3以上になると、特定条件下ではシステムが主体となるため、メーカーや開発者側に責任が移る可能性が出てきます。
ただし、現実にはまだ「完全自動運転(レベル5)」には至っておらず、法整備や保険制度も発展途上。
今後は、ソフトウェアやAI、センサーの判断ミスに対する責任の明確化や、新たな保険の仕組みが重要になっていくでしょう。
自動運転車の利用が広がる未来に向けて、私たちユーザー側も「何ができて、何に注意すべきか」を理解しておくことが、より安全で快適なカーライフにつながります。